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メモがわり

飲み屋で隣の席の女が話してるのを聞き耳立てちゃう感覚で見て欲しい

私のこと(幼少期に受けた性的悪戯など)

今日は私自身の今までについて書きます。

 

早く家事をしたい所なのですがどうもやる気が出ないので、、

私は正直に言うと高二から今の彼氏ができるまでの間、かなり性に奔放なタイプでした。理由はまあベタっちゃベタだと思います。両親の愛は十分すぎるくらいに受けてましたし、大好きです。 

昔に遡って書いていきたいと思います。

私は保育園の時三人のいつも遊ぶ友達がいて、みんな女の子でした。昔から交友関係を広げるのが得意なタイプではなかったので、小学校に上がると4年生くらいまで保育園時代の友達としか遊んでませんでした。しかし、幼なじみ達は1年生の頃からほかの地区の友達をつくり、次第に放課後もその子達と遊ぶようになり、一人ぼっち、という程ではないけど疎外感を感じるようになりました。

そして、ちょくちょく学校を休みたいと言い出すようになりました。これに対して親はお兄ちゃんにも小学校入学当初、そういうことがあったけれどその後は普通だったので意外にすんなり休ませてくれました。

お母さんはその頃婆ちゃんのお世話で忙しくて野放し状態で、私にとってはそれがありがたかったです。しかし昼ごろに友達も学校に行ってるのに1人ですることがないということに気付きました。二階の窓から外をぼーっと眺めていると高校生くらいのお兄さんがいました。今考えると高校生がなんであの時間にうろついてたのかなあと思います。

暇だったので降りて近くで見てみたいと思いました。降りていくと隣の家のお兄ちゃんであることに気付きました。顔見知り程度だった私たちはすぐに仲良くなり、海辺などを散歩してそれから私が学校を休む度にいつも一緒に遊びました。まあ、お察しがつくとおりこのお兄さんが、家の近くに昔あった小屋で遊び と言っては初めは手首をタオルで縛る程度だったのがエスカレートし、吊るしたり、紐を這わせたりしていました。しかしそこから身体に触れることはなく、「とってよ〜」という私をからかいながらすこし時間が経つととって、のような日々が続いてました。

子供ながらにお母さんやお父さんに話せないなと思っていたし、言わないでねと言われていたので言えませんでした。

そんなある時、後ろ手縛りをされている時にパンツを見せてと言われて嫌だというのですが、縛られていて、足で抵抗していると「じゃあもう遊ばないよ」と言われました。

すごくすごくすごく、恥ずかしかったし、嫌だったけれど、小学生の頃の小さい世界で生きている私にとっては遊んでもらえないということはすごく大きかったのです。

まあ、それからいろいろエスカレートしていきついに私は「辞めて、もう遊ばなくていいから触らないで」と言いました。彼は呆然としていて、分かった、と言いました。その少しあと、彼はあの小屋であの紐で死んでいました。

 

私が殺したんだな、と意外と冷静にぼーっと考えてたのを今でも覚えています。私が辞めたからいなくなったんだと思いました。その少しあと小学六年生になりその頃は友達も出来て、マセガキだった私はクラスの男の子と初めて付き合いました。その男の子と文通や初めてのキスをしたとき、キスしなかったらこの人も私から離れて行くんだろうかとぼーっと考えていました。中学校になると下ネタや性に関する事柄とぐっと近ずきます。私はクラスの中でもよく話す女の子で、男の子の友達も多く、男の子のグループに紅一点で下ネタを話すこともありました。今考えるとほんと品がなくて私らしいなと思います。でもそうやって笑っているとやっぱり性に関する事柄は人を近ずけるなと私の考えは裏付けされていきました。

 

そうやってクソビッチは完成しました!😆

 

いまの彼氏と付き合うまで、一人暮らしを始めた最初も寂しいと死ぬ!電話する!セックス!

みたいな感じでした。

 

今の彼と付き合って初めて浮気もせず、ちゃんと付き合えてるなって感じがします!初めて自分のこと大切にしてあげたいなって思ったからです。

 

これが私の幼少期から高校3年生卒業まででした。卒業直後にまた私が少し変わるきっかけになった出来事があったのでまたおいおい書いていけたらなーって思ってます。おーわり。